《報酬の持つ効果》
報酬の支給額を決定するにあたって、業績に基づいて報酬を変動させるようにした場合に従業員のやる気を引き出すことができる。それは評価基準が明確であるため、どのように行動すればよいか判断しやすいからである。その一方で成果主義を導入すると、業績の測定期間のみに集中して結果を出そうという傾向が出てしまう。これはつまり、短期的な視点でのみ仕事に取り組んでいるということである。
また、特定の評価対象期間だけで成果を出そうとした場合に、成果目標が低く設定されてしまうことや、長期的な取り組みより結果の出やすい仕事が優先されてしまうことも考えられる。このような可能性を避けるために、評価対象期間を長目に設定したり、目標設定の時点で調整する等の工夫が求められる。このように様々な課題はあるものの、組織として瞬発力を発揮したい時に報酬は有効に機能する。
危機的な経営状況に追い込まれた企業において、そのような状況から脱出を念頭に業績評価ベースとした報酬制度を導入するケースがある。特に営業職のような職種の場合には、有効に機能すると考えられる。それに対して、長期的に人材を育成するという視点に立つと、能力をベースとした報酬制度が有効であると考えられる。例えば、成果主義を導入した企業であっても、管理職以外の一般社員に対しては能力給を残すというケースもある。
そのような企業では、管理職以外の一般社員が将来的に能力を発揮することを期待しているということができるだろう。このように、報酬システムには仕事の成果に焦点をあてるか、潜在的能力に焦点をあてるかという2つの考え方に分かれる。この2つの考え方のどちらを重視するかそれとも両方のバランスをとるかは、組織の人事戦略や財務状況によって決まるといえるだろう。
《報酬の公平性》
報酬はどのような仕事を重視するかを直接的に表現していることから、組織メンバーに対するメッセージであるといえる。このように、報酬はメッセージ性を持っており、そのメッセージ性を考える場合、その内容がどのようなものであったとしても評価対象者に納得してもらう必要がある。ここで重要なことは、評価内容の公平性をいかに保証するかということである。公平性には、次の3つがあると言われている。それは、「分配の公平感」「手続きの公平感」「関係性の公平感」である。
(1) 分配の公平感
分配の公平感とは、分配結果に対する自分と他者の比較の問題である。例えば、学歴や経験が同じような同僚よりも自分の報酬が少ない場合、公平ではないと感じることがある。報酬については、経済的基盤としての意味の他に社会的ステータスとしての象徴性もあるため、その分余計に不公平に感じられてしまう。あるいは同じ職場で同じように努力したのに賞与でさがついたというような場合にも不公平を感じるだろう。
このように報酬に対して不公平感を理論化したのが、アダムスの公平理論(エクイティ理論)である。この公平論では、社員は自分の認識している出力O(Output:給与・賞与、福利厚生等)と、自分が投入したと考える入力I(Input:努力、能力、経験等)の比と、他人の出力と入力の比を比較する。これを式で表すと次の3つの状況が考えられる。(添え字のPは自分、Oは他人)。
1) Op/Ip < Oo/Io → 自分の入力に対する出力の割合が他人のものより小さい
2) Op/Ip > Oo/Io → 自分の入力に対する出力の割合が他人のものより大きい
3) Op/Ip = Oo/Io → 自分の入力に対する出力の割合が他人のものと同じ
アダムスの公平論では、「Op/Ip ≠ Oo/Io」という不公平感を感じている場合、
1)の「Op/Ip = Oo/Io」の状態へ近づくべく行動するように動機付けられるとされている。
1990年前後のバブル経済期の日本では、労働市場は売り手市場だった。そのような状況下で、国内のあるメーカーでは「3K(キツイ・汚い・危険)職場」と見なされていた組み立て製造ラインの作業者の確保に苦慮しており、正社員よりもかなり高い給与で多数の期間労働者を雇用していた。その結果、製造ラインで隣り合って作業をしている正社員と期間労働者の現金報酬を比較すると、期間労働者のみに支給される赴任手当や皆勤手当て等を含めた場合では、正社員の2倍になるというケースが発生した。
つまり、正社員から見ると、「Op/Ip < Oo/Io」という低報酬の不公平が生じている状態となっていたのである。公平論の考え方によると、このような状況下では正社員は次の5つのうち、いずれか1つの行動を選択すると考えられる。
1) 入力を小さくする:(例)あまり熱心に仕事をしなくなる
2) 出力Opを大きくする:(例)社員は給与額そのものを変更することはできないため、横領などの不正を行う
3) 自分や他人の入力I、出力Oに対する認識を変える:(例)Oとして現金給与以外の福利厚生や雇用の保証等も含めて考える
4) 比較対象の他人oに対する認識を変える:(例)比較対象を同僚から同業者の社員等に変える
5) 比較そのものから退く:仕事(会社)を辞める
このように、社員は他人の報酬と比較することで自分の報酬に満足したり不満を持つようになのり、この満足不満足によって社員の行動や態度は影響を受ける。このような点を踏まえて、報酬ポリシーを決定する際には次の2点について考慮する必要がある。
① 報酬の外部競争力:何らかの比較尺度に基づいて自社の社員の報酬と外部の人材の報酬とを比較してどうか
② 報酬の内部一貫性:組織内部における自分の報酬が自分より属性の低い社員・自分と同じ属性の社員・自分より高い属性の社員の報酬を比較して公平であるか
報酬が他社の報酬と比較して競争力があり、自らが所属する企業組織において、自らとその周囲の社員の属性間の関係と整合性(一貫性)があると認められた場合に、報酬への不満は最小化されると考えられる。